8.早秋の何処までも青い空

 夏が終わり、次第に秋に近づいて行く九月。道行く人々は長袖だったり半袖だったりと、皆思い思いの服装で歩いている。
 行き交う人々を眺めながら、その人の流れからは少し離れた場所で人を待っていた。
 ぼんやりと眺める空はまだ秋の空とは言い難い目にしみる程の青で、気温こそ少し下がってきたもののまだ夏を感じさせる空であった。
 待っている間時計を見てみたり流れる雲を目で追ってみたりと落ち着かない時間を過ごしてみるが、約束していた時間の三十分も前に着いてしまった為かなかなか待ち人は現れない。何故こんなに早く着いて待っているのか、というのに深い理由があるわけではない。単にそういう気分だった、それに尽きる。多少の緊張もあるかもしれないが。

 しばらくして、待ち合わせの時間まであと十五分程になったあたりか、交差点の向こうから歩いてくる見知った人影が見えた。神崎尊である。
 神崎はこちらに気が付くと小走りに駆け寄って来た。まだ待ち合わせ時間にもなっていないのだから慌てる必要なんてないと思うのだが、それでも走ってくるところに彼の人柄が伺える。
「すみません、待たせてしまいましたか?」
「いや……今来たとこ。それより、こんなとこ突っ立ってないで早く行こう」
「そうですね」

 それから予定していた店に入り、他愛もない話を交えながら食事を取り始めた。話を聞きながら楽しそうにしている神崎を見ていると十年近くも前の縁がお互い全く別の道に進んだ今でも続いているというのは全く奇妙なものだと感じる。

 ──自分にとっては有難いことこの上ないことだが。

 そうこうしている間に食事の時間はもう終わろうとしていた。
「それじゃ、そろそろ──」
「お、お茶! お茶飲んでから出ないか?」
 おそらく帰ろうと言いかけたのであろう言葉を遮ってもう少しだけ店に居ようと提案する。神崎は少し訝しむような表情を見せたがまあいいかと思ったのか、椅子に座りなおした。
 しかし、一度途切れた会話は繋がらず、痛い程の沈黙が二人の間に落ちる。店には他の客もおり、店内はざわざわと騒がしい筈なのだがこの沈黙の所為だろうか、グラスの中で氷が転がる音やグラスをテーブルに置く音が妙によく聞こえてくるような気がしてくるのだ。
「今日はどうかしたんですか?」
 沈黙が居心地悪く、つい無駄にグラスを持ったり置いたりしているのを不審に思ったのか、神崎が口を開く。
「どうって、別に──」
 何でもないと言いかけて言葉に詰まる。
 何でもない事はないし言わないといけない事がちゃんとあるのだがうまく言葉が出てこない。
「……何かあるんですね」
 神崎の方も何となく何かを察したようで姿勢を正す。
 たった一言を言うだけなのにこんなに緊張してしまうのはこれまでの人生で自分にそういう経験が無かったからだろうか。

「……俺さ、高校の頃からずっと好きだったんだ、神崎の事。」

 緊張のあまり真面目に聞いてほしいとこれから話すことの前置きをしたりどんな返事を返してくれても構わないだとか予防線を張ったりしようとしていたことをすっかり忘れて唐突に本題だけを口に出してしまい、慌てて口を押さえる。
 向かい合う神崎はというと、突然の告白に戸惑っているのか、呆然としていた。
「あの、これ冗談とかそんなんじゃないからな、本当、本気なんだ」
「……顔を見ればわかりますよ」
 この日ばかりは顔や態度に出やすい自分の性格を呪った。というかどんな顔をしているのか。
「その、そんなに真面目に言われると、どう答えていいか……」
 神崎は困ったような声でそう言うと、椅子から立ち上がる。
「とにかく、この話は一度持ち帰らせて下さい。僕も真面目に考えて結論を出したい」
 神崎はテーブルに彼が食べた分より少し多いくらいの代金を置くとともにそう言い、店を出ていった。
「持ち帰るって……」
 想いを伝える時は振られる時だと思っていたせいか、予想外の返答に気が抜けてしまった。

 外はまだ夏のような日差しがジリジリと照りつけている。