カーテンの隙間から差し込んできた朝日が顔に当たり、眩しさで目を覚ます。二日酔いだろうか、少し頭が痛い。
横を見ると、尊がこちらに背中を向けて頭まですっぽりと布団に潜り込んでいる姿が見えた。丸く膨れている布団の塊はまるで大福餅のようで、なんとなく可愛らしい。
「おはよ、尊」
声をかけると、布団で出来た大福餅がびくりと跳ねる。
「……どうした?」
「ど、どど、どうしたじゃないですよ! 昨日──」
何かを言いかけて言葉に詰まる。それから大福餅がもこもこと動いて縦長になったかと思うと、顔だけ出して上目遣いでこちらを見上げてくる。布団の中に収まるのをやめて身体に巻き付けている状態は大福餅というよりも長命寺桜もちにも見えるな、などとどうでもいいことを考えてしまった。
「昨日? あ、俺、酔っぱらって何かヤなことした?」
尊に何かしてしまったかと先日の記憶を引っぱり出そうとすると、尊は頭をぶんぶんと振ってそうではないと否定する。
「違う? えーっと……」
「き、昨日言ったこと、覚えてない、ですか?」
言葉に詰まりながらそう問いかけてくる尊の頬はどことなく赤いように見えるが、カーテンの隙間から差し込む朝日だけが頼りの薄暗い部屋でははっきりとはわからない。
「昨日、言った……?」
ぐるぐると記憶に残っている自分の発言を洗っていく。朝、昼……そして夜だが、夜は正直殆ど記憶がない。
「……?」
眉間に皺を寄せながらなんとかひねり出そうとするも全く出てこない。水割り一杯でこのザマとは、もう一生酒に手を出さないほうが身のためかもしれない。
「言われたのいつとか覚えてるか……?」
「……う、うう」
一体何を言ったんだ昨日の自分はと過去の自分に呆れながら、不快な思いをさせたならちゃんと謝らなければならないと先日のことを思い出す鍵になりそうなことを聞いてみるも、尊はばつが悪そうに目を逸らす。
「もしかして思い出したくもない位酷いことを……?」
「違います、違うんです、けど、その」
布団で顔をほとんど隠しながら、消え入りそうな声で「昨日、眠ってしまった後起きましたか……?」と聞いてくる。
「寝た、後……」
──もしかして寝言か、寝言で何か言ってしまったのか。
夢の内容を何とか思い出そうとする、ああそういえば夢の中で話しかけられて何か返事を返したような、それが寝言として外に出てしまったのかと夢で何を言ったのか必死に思い出そうとする。思い出そうとして、思い当たることが一つだけ。
「…………尊、俺に何か聞いた……?」
首を縦に振ったのだろうか、布団の塊が小さく動いた。
「ぅ、ぁ、あのっ、ですねっ! きみがっ、だっ、だ、かれても、良いとか、変なこと言うから! 一睡もできなかった!」
尊の言葉に内臓が素手で鷲掴まれたかのように縮み上がる。
「そんなこと言っておいて……君はそのまま寝てしまうし、忘れてるし」
不機嫌そうに呟きながら大福餅に戻ろうとする長命寺に手を伸ばし、布団をひったくる。真っ赤な顔でこちらをじとー、と見ている神崎の姿があった。
「……言わないんですか」
「何を」
「ただの寝言だって否定すればいいじゃないですか。考えすぎって」
「嘘は吐きたくない」
口では真っ直ぐなように言っても、いたたまれなさについ尊から目を逸らしてしまう。
「本気で言ってるってことですか」
「……お前が望むなら、何でもしたい。そういう意味では本気だよ」
「……」
尊は俯く。
「それじゃダメです。ダメなんです。君の意志はどうなるんですか。僕の意見に全部合わせるだなんて、そんなの長続きするわけないじゃないですか」
尊は両手で俺の胸ぐらあたりの服を掴んでぐっと引き寄せた。
「君自身が望むことをするんです。僕にだって意志はありますから、それが嫌なら嫌って言いますし、そうでないなら受け入れます。逆もそうです。僕が君に何かをしたとして、君が嫌だと思うならそう言えばいいし、言うべきです」
「俺、が」
自分のしたい事、と聞かれて言葉に詰まる。先日聞かれた問いを覚えているなら再度答えを返せと、そう聞かれているような気さえしてくる。
「正直なところ、僕は──」
そう言いかけた尊の唇にそっと人差し指を当てる。
「いつも言わせてばっかだからさ、俺に先に言わせて欲しい」
尊は戸惑った様子で二、三度瞬きをして、それから小さく頷いた。
「……俺、は、ええと……今のままで居たくはない。そりゃ今の距離感だって居心地良いけど……もっと尊と恋人じゃなきゃできない事がしたい。その──い、色々」
襟のあたりを掴まれた手に両手を添えながら答える。自分でも指先が小さく震えているのが分かった。
「…………僕、も……同じ、気持ちです」
尊の顔を見ると、耳まで赤くなっていた。そんな尊の表情が愛しくて、尊の手に添えた手を下ろしてそっと彼の頬に触れる。
こちらに向けられる視線をごまかすようにもちもちと頬の感触を確かめるように指先を動かすと、尊は困ったように眉を下げて微笑んだ。
「……あー駄目だ、照れる!」
いくら平常を装おうとしたところで、俺は尊の笑顔には弱いのだ。
「さっきまで頑張ってたのに」
「だからこそだよ……なんていうか、意識しちまうだろ……」
「ふふ、そうですね。僕もなんだか照れ臭いです」
尊の頬から離した手を膝に置くと、尊がその上に手を乗せてすりすりと手の甲を指でなぞってくる。
「時也君。これからもたくさん教えて下さいね、君のしたいこと」
「……おう」
返事を返し、二人で笑い合う。
カーテンの隙間から差し込む朝日のせいか、普段よりも尊の笑顔が眩しく見えた気がした。