煙草の匂いの染みついたベランダに佇み、他人から受け取った指輪を太陽光に翳す。
見る角度を変える手の動きに合わせて傷ひとつない銀色の輪がチカチカと光を反射し嫌に煌めくのを、僕は何の感慨もなくただ眺めている。
”彼女”は自分の何を繋ぎ止めようと首輪を着けさせようとしているのか、そんなことを考えたとしても推測に過ぎないし考えるだけ無駄なのだ。どうせこういったものを渡してくる頃にはとうに歯車なんて合わなくなっている。
「何黄昏てんだ」
「ぅ、わぁっ」
いつの間に鍵まで開けて家に入っていたのか、背後から友人の声がした。
驚くあまり指先でつまんでいた指輪を取り落とし、あまりに小さすぎる落とし物は目で追う暇も無く視界から姿を消した。
「あ…………」
見下ろす先は植え込みや街路樹の緑があるだけ。
「……あーあ。指輪、無くしちゃった。君のせいで彼女に振られちゃうかも」
我ながらひどく気の抜けた声が出たと感じる。それは友人にも同じように伝わったのだろう、彼の口からまず出てきたのは、謝罪の言葉ではなかった。
「えらく他人事だな」
「そうかな」
「思う所でもあるのか?」
「……無いと言えば嘘になるかも。現に今、無くしちゃったことに関して何も感じてないんだよね。……なんなら少しホッとした」
「へえ?」
「どうせ身につけないし、返せもしないんだ。どっかやっちゃったってことにする方が心が軽いのかも。半分くらいは君のせいにできるし」
「巻き込むなよな」
鼻で笑う声が聞こえてくる。
「でも落としたのは君のせいだし」
「ノックもしたし別に忍び寄った訳じゃない、いつでも気付けた筈だ」
「僕だって物思いに耽りたい時くらいあるの」
眼下の緑から目線を外し、先程まで指輪を翳していた太陽光に何も嵌っていない手を翳す。
「……なんにも要らないって言ってるのにね」
「なら突っ返せばいい」
「そんなことできると思う?」
「無理だろうな」
「よくわかってるじゃん」
僕の返答に、大袈裟な溜息が返ってくる。
「言わんとしてることはわかるよ? 変な期待持たせるなとかそういうことでしょ? でもさ、邪険にできないじゃん。僕が出来ることなら何でもしてあげたいってのは紛れもなく本音」
「けどそれを身につけるかどうかは話は別と」
「……誰か一人のところに収まってられる人間じゃないからさ。それこそ、つけてあげる方が変な期待持たせるようなことだよ。今の所誰のものにもなるつもりはないし」
「野良猫かよ」
「そうかもね」
振り返って友人の顔を見れば、心底理解し難いと言いたげな顔をしていた。