名前の無い二人

 ──僕は、この関係に名前をつけられないでいる。

 友人、と一口に片付けてしまうには少々距離が近くなりすぎた。
 かといって、別に恋人とかそういった特別な関係にあるわけでもない。
……セフレ? いや流石に違うよね……
 ごくたまにそういうことをするようにもなったが別にそれだけが目的というわけでもなくそこまで情の無い関係とも言い難い。あくまでも彼の趣味──身寄りのない子供を育てることである──に付き合わされているだけ、色恋沙汰に恐ろしく疎い彼に性行為とはどんなものかを教えてあげているだけ。そこに特別な感情の入り込む余地なんてありようがないと……少々言い訳がましくはあるが言い聞かせる。
 ……だが向こうはどう思ってるのだろうか。そう考えながら洗面台の鏡に視線を向けると、首筋に赤い線が点々と入っているのが見える。
…………こんなことして何考えてんだか」
 その日の予定が一つ消えたこととその補填のことを考えて溜息を吐いた。

 部屋に戻れば、ベランダに人影があるのが見える。
「起きてたの」
 声をかけようと窓を開けると、そいつが吐いたばかりの煙が風に煽られて部屋に吹き込んでくる。
「ついさっきな」
「そう」
 欄干に体重を預け、薄明るくなり始めてきた空を眺める。
…………君さぁ、噛んだろ。首」
「ああ、そんな事もしたな」
「今日彼女に会う予定あったのにパァなんだけど」
「そりゃ御愁傷様」
「君がやったんだよなぁ〜〜〜」
 不平を口にすると、煙草の煙を顔に吹き掛けられる。
「何? マーキングのつもり? セロちゃんのくせに生意気なことするじゃん」
「犬はお前のことだろ? 文句言うなら手本を見せてくれよ、先生」
 セローナはふっと挑発的な笑みを浮かべて、手を口元に差し出してくる。
「躾のなってない犬と一緒にしないでくれない?」
「んなお行儀いい訳ねえだろお互い。……爪見てみろ」
「爪ェ?」
 言われた通りに爪を見てみると、爪の先に渇いた血がこびりついているのが見えた。
「うわグロ!」
「な? お互い様ってことだ」
 セローナは欄干に肘をついたまま、煙草の煙を吸い込んだ。
「まだ文句でも?」
……引っ掻いちゃったのも噛まれたのもだけど、起きてやっと気付いたって事実に今気づいてめちゃくちゃ嫌」
「へぇ?」
「なんていうか……こう……最近君に振り回されてるような感じが……
「そりゃいい、昔散々振り回して貰った分を返してもらうとするか」
「やだって言ってるじゃん! ついこの間まで何にも知らなかった癖に~!」
 こうして冗談を言いながら笑い合っている時は確かに彼とは友達なのだと確信できるのに、首の跡と爪の汚れがこの関係をそう呼ぶことを良しとさせてくれない。

 名前の無い二人の夜は今日も明けていく。