煙草の煙は空に溶かして

 朝目を覚ますと隣に誰かが寝ている、そんなことは日常茶飯事で、特に驚く事ではない。
 ……それが友人でさえなければの話だが。
…………
 酒の力というものは恐ろしいもので、余りにも易々と一線を飛び越えてしまった事実に嫌な汗が背中に伝うのを感じ、二日酔いとは違う目眩がしてくる。
 その上昨日何があったのか、全て詳らかに覚えているときたものだから性質が悪い。……覚えていなくとも部屋の様子とよく知った煙草の匂いが全てを語っているわけだが。
「何も思い出せなくあってよ……あーもう……ほんと馬鹿すぎ……
 ぶつぶつ呟く声に気付いたのか、小さく唸る声が横から聞こえてくる。
…………眼鏡」
 友人は一度こちらを見て、一瞬固まった後、目を逸らしてそう言った。
「言っとくけど、メガネがあろうがなかろうがここにいるのは僕だから。諦めて」
 そう言葉を投げ掛ければ、友人は無言でもそもそと起き上がり、眼鏡を掛けた。
……
……
 暫しの間、不快な沈黙が部屋を満たす。
…………あのさぁ」
「何だ」
「何もなかったことにしよっか、昨日」
「は?」
「どうせその様子だと君も全部覚えてるんでしょ? 酔った勢いでやっちゃったんだろうしなかったことにしてさ、これからも今まで通り過ごそうよ。気まずいの嫌でしょ」
……そうだな、わかった」

****

……そうは言ったけども」
 翌日、インターホンを鳴らされて玄関の戸を開ければ、そこにはセローナが立っている。
「何しに来たの」
「何って、煙草吸いに」
…………あっそ、入れば」
 昨日の今日で来るか普通とかよく顔出せたなとか言いたいことはいろいろあったが全てを一度飲み込み、友人を部屋に招き入れる。

……
 ベランダで煙草に火をつけるセローナを盗み見れば、何も気にしていなさそうな様子で煙草を蒸かしている。
(いくら何でも切り替え早すぎるでしょ……
 昨日のことを忘れたわけではないだろう。何もなかったことにする、と言われたからそう振舞っているだけかもしれないが、それにしたって特にぎこちない態度をとるわけでもなく自然体でいるのは余りにも切り替えが早すぎる。
……セロちゃんさあ」
「ん?」
「何で来たのさ」
「今まで許可が必要だったことがあったか?」
「無いけど。……それにしたって昨日の今日──」
 火の点いた煙草を持ったままの手でサッと口を塞がれる。
「お前が言い出した事だろ、俺は今まで通りに過ごしているだけだが。……それともいつも通り情でも湧いたか、色男サマ?」
 そう言いながら僕を鼻で笑うとセローナはするりと手を退けて煙草を口元に持っていく。
「湧くわけないじゃん情なんて!」
「んな事分かったうえで聞いてるよ。お前どうした?」
……次それ言ったら問答無用で追い出すしもう君にベランダ貸さないからな」
「わかったわかった」
「ならいいけど」
 僕がそう言うとセローナはいつもの調子で笑った。

 それから、友人が2本目の煙草を咥えたのを見て部屋に戻ろうと窓を開けると、背後から声が聞こえてくる。
「お前が狼狽えてる所見るの、正直面白いな」
……鍵閉めよっか」
 窓を閉めようとすると慌てた様子でそれを防ごうとサッシを掴んでくる。
「悪い悪い、3階から飛び降りるのは勘弁」
「僕もやったことあるけどギリギリ死なないよ、安心して」
「ギリギリだと割と死ぬ可能性の方が高いんだわ」
「じゃあ言うことあるでしょ」
「悪かったよ、謝る。これでいいか?」
「しょうがないなぁ」