六文すら残らぬ人生を

「いやほんと、ありがとね……持つべきものはお友達だよ」
 病院帰りに友人の車の助手席で揺られながら感謝を述べると、友人は深い溜息を吐く。
「俺からの評価は知人に落ちそうだが」
「酷いなぁ、せめてそういうのは怪我が治ってから言ってよ……弱ってる時にそんな冗談言うもんじゃないって」
「ミナミ中のゴミ捨て場探させたのはどこのどいつだ?」
「いやまぁ……それは悪かったって、反省してる」
「ならいいが」
 怒るのもわからないでもない。突然電話で『刺されてゴミ捨て場に居る、多分ミナミ』とだけ伝えて落ちた人間がヘラヘラしていればまあそれなりに思うところもあるだろう。
……また女か?」
「うん、そんなとこ。今回は男の方に刺された」
「少しは懲りろ」
「君の趣味と似たようなもんだよ、どうしてもほっとけないの」
「俺の趣味は刺されない」
……あちゃー、降参」
 そう言いながら思わず笑いが溢れると共に背中の傷がずきりと痛む。
「いたた……
「傷が開くから黙ってろ、折角医者に診せたのが死なれちゃ台無しだ」
 一声生返事を返して、窓の外を眺める。ミナミの喧騒が遠ざかっていき、次第にビル街が近づいて来る。
……家は割れてないんだよな?」
「うん、そこは問題ないよ。外で刺されたから」
「ならお前ん家が一番安全か」

 シートが血で汚れていたこともあり少し検問で揉めたが、怪我人を乗せていたということで無罪放免となった(もちろん後に持ち主に弁償を求められたのは言うまでもない)。
 それからは特に誰かに出くわすでもなく無事に自宅に帰り着く。
……ついでに一服してく?」
「なら一本だけ」
「んじゃ、上がって」
 ドアを開け、玄関に入るとセローナもそれに続く。

 その日誰も家に入れていない為か香水の香りはそこまで部屋を満たしてはいない。
 セローナがベランダに繋がる窓を開ければ、微かに煙草の匂いが部屋に吹き込んで来た。
「お隣失礼しまーす」
「オイ怪我人」
「どうせ戸締りしなきゃいけないんだし君が帰るまで寝れないよ」
 溜息を吐き、友人は取り出した煙草に火を点ける。
…………刺されたにしては随分ケロッとしてるんだな」
「ん? あー……まあ人間死ぬ時は死ぬよねって」
「女遊びやめようとか思わねえの?」
「思わないねぇ」
「命がいくつあっても足りなくなるぞ」
「ひとつで十分だよ」
 そう返せば、驚いたような顔でこちらを見てきた。
「意外だな」
「えー、そんなに生き汚いと思われてたの?」
「生き汚いってより、楽しみすぎ。時間足りね〜ってなるのかと思った」
「なるほどね……
 欄干にもたれ掛かり、夜のビル街を眺めながら続ける。
「楽しんでるのはそうかも。でも、君の思ってるのとはちょっと違う……どうせろくな死に方しないのは自分で一番分かってるからさ、死ぬ瞬間までパーっと楽しんどこうと思ってるだけだよ。それこそ三途の川の渡し銭まで使い込むくらいにさ」
「刹那主義極まる話だな」
「死後の世界で楽して暮らせてもそれが何って話だし」
「んん……まあ……確かに?」
「それにさ。徳積んで来世でも人間になれたとして、そこに君は居ないだろ? ……何その顔。僕みたいな奴と上手くやってける人間なんてそう都合良く居ないよって意味だよ」
……ああ、そういう」
 セローナはそう言って呆れたような溜息と共に夜空に煙を吐き、携帯灰皿に短くなった煙草を押しつける。
「口説かれたと思った?」
「何言ってんだか。吸い終わったから俺は帰るぞ」
「はいはい」

……ほんとに、今日はありがと。助かった」
 玄関で革靴に足を入れている背中に声をかけると一瞬動きを止め、「急にしおらしくなってどうした? お前らしくもない」と返してくる。
「いや僕もお礼くらい言うよ? あの変態医者と寝なくて済んだのも君のお陰だし」
「恩を感じるのそこか?」
「そこだけとは言ってないじゃん」
「じゃあ他にもちゃんと感謝してるところはあるわけ」
「流石にね??」
 茶化すようにしないと感謝の一つも伝えられないのは腐れ縁という間柄の悪い所なのかもしれない。
……じゃ、帰り道気を付けて」
「おう」
 扉が閉まるまで手を振り、やがて溜息と共に鍵を閉める。
「さて、寝るか……
 部屋にはまだ、微かに煙の匂いが残っている。