ある晴れた日の昼下がり。
ふと思い立って恋人に電話をかけてみることにした。ダイヤルを回す手が狂って何度もやり直しながら、恋人の電話番号にダイヤルを合わせる。
耳に受話器を当てて少し待っていると、電話の向こうから声が聞こえてきた。
『もしもし、神崎です』
「あ、神崎? 俺、雨沢~」
さて、電話に出た相手を食事にでも誘おうかと口を開こうとした、その瞬間だった。
『ああ、時也君でしたか』
聞こえてきた音声に驚き、思わず受話器を取り落とす。
「いっっって!」
受話器はゴトンという音を立てて落ちた。……俺の足の指に。
痛みにしゃがみ込むが、通話中なのを思い出し慌てて受話器を拾う。
「悪い、手が滑った」
『い、いえ……僕は問題ないですが……そちらは……大丈夫ですか?』
訝しむような声が聞こえてくる。
「だ、だいじょうぶ……」
痛む足の指をさすりながら答えると、心配そうな声が受話器から聞こえてくる。
『そうですか、それならいいんですけど……それで、何か用事でもありましたか?』
「あ、えーと……」
突然名前で呼ばれたことに動揺するあまり一瞬用件を忘れかけたが、何とか思い出して言葉を続ける。
「今度一緒に飯でも食いに行きたいなって思ってさ」
『ご飯ですか? いいですよ。時也君の都合のいい日はいつ頃ですか?』
聞き間違いで処理しようとしていた脳がまさかの追い打ちに再びパンクしそうになる。
「~~~~~~~ッ」
声にならないように感情をかみ殺していると、電話の向こうから訝しげな声で『大丈夫ですか?』と声がかかる。
「だ、大丈夫……、大丈夫だ、うん」
自分に言い聞かせるようにうんうんと頷きながら大丈夫、と何度も繰り返しながら立ち上がり、電話を置いてある台についた小さな引き出しからメモ帳とペンを取り出す。
「俺が空いてるのはそうだな……来週の土曜とか?」
『土曜土曜……あ、その日なら午後なら大丈夫ですよ』
忘れないように日付と時間をさらさらとメモ帳に書き込む。
「ん、じゃあその日で……苦手な物とかあるか?」
『苦手な物……ですか。特にありませんかね』
「分かった。ありがとな」
『はい、また』
受話器の向こうで静かに受話器を置く音と、それからツーツーという電子音が聞こえてきて、その場にへなへなと座り込む。
「……あんな自然なことあるかよ」
深々と溜息を吐く。些細な事ではあるが、自分にできないことを軽々とやってのけてしまう恋人への羨ましさが募った。