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15.鬼雨に笑う

 出先でバケツをひっくり返したような雨に降られ、たまたま出くわした恋人が近くに住んでると言うものだから急遽家にあげてもらうことになった。 あまり整頓はされてないからジロジロ見るなと念を押されながら玄関に入ると、言うほど散らかってはいなそうな…

14.海へ吹くは木枯らしか

 冬の海は寂しい。そう感じる人間は少なくないだろう。かくいう俺もそのうちの一人である。 この真冬の海に入る物好きはそうそう居らず、ただただ波が何も居ない水面に白く泡を作っている。その上堤防にもほとんど人の気配がなく、釣り糸をぼんやりと垂らし…

13.冬晴れに月は冴ゆる

 とある当直明けのことだった。商店街で福引をやっていたからと戯れに一回分引けるだけの買い物をして引いてみたのだ。普段のくじ運はまあとてもじゃないが良いとは言えない程度であるから、今回も良くて台所用洗剤、九割方ティッシュだろうと思いながら静か…

12.新年早々降るは村時雨

 色々割愛するが目が覚めたら病院に居た。この話を深堀りするには非常に豊富な語彙と文章構成力が必要になるほどの……とにかく、学生時代に身に着けた護身用の剣術が役に立つような事があったのだ。 上を向いたままの視界に映るように手を動かすとあちこち…

11.冬隣は君と共に

 色づいた木々が葉を落とし始め、秋もそろそろ終わりを迎えようかという頃。過ごしやすかった気温もだいぶ下がり始め、いよいよ近づいてくる冬に備えよう、そんな頃だろうか。 先日、街中に姿の変わるキャンディがばらまかれる等事件もあったがそれ以外はい…

10.晴天の霹靂

 ある晴れた日の昼下がり。 ふと思い立って恋人に電話をかけてみることにした。ダイヤルを回す手が狂って何度もやり直しながら、恋人の電話番号にダイヤルを合わせる。 耳に受話器を当てて少し待っていると、電話の向こうから声が聞こえてきた。『もしもし…

9.その言葉は慈雨であり喜雨だった

 彼に想いの丈を打ち明けてから十日程が経った。あれから音沙汰が無く、ああやっぱりダメだったかと半ば思いかけてきたその頃、夕食の支度をしていた時に電話が鳴る音がした。それから少し置いて、俺を呼ぶ声が居間から聞こえてくる。「今行く」 そう言って…

8.早秋の何処までも青い空

 夏が終わり、次第に秋に近づいて行く九月。道行く人々は長袖だったり半袖だったりと、皆思い思いの服装で歩いている。 行き交う人々を眺めながら、その人の流れからは少し離れた場所で人を待っていた。 ぼんやりと眺める空はまだ秋の空とは言い難い目にし…

偽りの海へ堕ちる

土地勘には自信があった。支部長という任を任された以上、引きこもっているだけのわけにはいかず"やむを得ず"外に出向くことが多かったからだ。「非常時に身を隠すために覚えた地形がこんなところで役に立つとは……世の中何が起こるかわからないものだね」…

太陽と月が共に歩む日

 結婚式の日取りを決めることとなり、オズワルドはグリニッジ天文台の気象予報士──テンペスト・ウェザーリポートと言うらしい──の元を訪れていた。 なんでも風を自在に操る竜の血を引いているとかで、予報の精度が高いのだということらしく、成程式の日…

7.狐日和は吉兆か

高校を卒業してからというもの、神崎の言っていた通り図書館に行くことは少なくなった。そのまま月日は流れ、劣化しないように丁寧に扱っていたつもりの文庫本も、何度も読み返したせいで少しだけくたびれてきてしまっていた。 顔を合わせていなければ次第に…

6.春霖、桜を濡らして

 ほんのりと色づいた桜の蕾が開き始める頃だった。 卒業式を終え、同級生達がやれ打ち上げだ、やれ寄せ書きだと楽しそうに話しているのを尻目に教室を後にした俺は、同じ学校に通っているはずのとある人物を探していた。 通っているはず、というのも、学年…